ハリーポッターとアズカバンの囚人から登場したシリウス・ブラック。
ハリーの名付け親(後見人)であり、物語では重要な人物だ。
そんなシリウスはヴォルデモート卿が失脚してから、12年間もの間アズカバンに収監されていた。その理由を一言で説明すれば「冤罪」であるが、詳しい経緯は映画では描かれていない。また原作でもはっきりと描写されていない。
今回はなぜシリウス・ブラックが12年間もアズカバンに投獄されていたのか解説していく。
理由①魔法省は闇の魔法使いを「裁判なし」で有罪・投獄していた
まず当時の魔法界の様子を理解しておく必要がある。
当時のイギリス魔法省は、闇の魔法使いを裁判なしで有罪とし、アズカバンに投獄することがまかり通っていた。魔法省は勢力を拡大するヴォルデモート陣営に対し、徹底的に対抗するためこのような厳しい措置をとった。
裁判なしに『吸魂鬼』の手に渡されたのは、わたしだけではない。
『ハリーポッターと炎のゴブレット』第27章:パッドフット帰る(シリウスのセリフ)
当時、その最前線で指揮を執っていたのはバーティ・クラウチ・シニアであるが、この厳しい措置により一定の成果を上げていたため、「裁判なしでの投獄」は多くの魔法使いに支持されていた。
そしてその結果、シリウス・ブラックも裁判が行われることはなくアズカバン送りにされたのだった。その時の様子をシリウスは次のように語っている。
「それじゃ、クラウチを知ってるの?」ハリーが聞いた。
シリウスの顔が曇った。突然、ハリーが最初に会ったときのシリウスの顔のように、ハリーがシリウスを殺人者だと信じていたあの夜のように、恐ろしげな顔になった。
「ああ、クラウチのことはよく知っている」シリウスが静かに言った。
「わたしをアズカバンに送れと命令を出したやつだ――裁判もせずに」
『ハリーポッターと炎のゴブレット』第27章:パッドフット帰る(シリウスのセリフ)
恐らく当時の魔法界は、シリウス・ブラックの逮捕・投獄に対して誰も疑念を抱かなかったのだろう。闇の勢力が力を増し、毎日のように死人や行方不明者が続出する時代に、「ヴォルデモートとの関与が疑われた」時点で、世間は当然のように「有罪」とみなしていたと思われる。
現代では考えられないが、情勢が不安定な時代では誰もがパニック・不安に陥っており、正常な判断ができなかったのだ。
理由②シリウスが無実を主張しなかった
シリウスが投獄された原因は、当時の魔法界の責任だけではない。
シリウスが闇祓いに逮捕された後、彼は無実を訴えなかった可能性がある。
なぜなら、ヴォルデモートが失脚した際、多くの闇の魔法使いが「操られていた」という理由で投獄を免れているからだ。ルシウス・マルフォイ、クラップ、ゴイル、マクネア、ルックウッドなど、純血氏族として知られる彼らは、闇の陣営への関与を否定し、罪を逃れた。
名門一族であるブラック家のシリウスが「ポッター家を殺害する動機がないこと」や「ピーターが裏切った可能性」について訴えれば、彼が無実であることは容易に明らかになっただろう。しかし、そうなっていない以上、シリウスは無実を訴えなかった、と考えるのが妥当ではないだろうか。
では、なぜシリウスは無実を主張しなかったのだろうか。
その理由は次の章で詳しく解説していきたい。
理由③シリウスはポッター家の死の責任を強く感じていた
ポッター夫妻の死を自分の責任であると強く感じていた。
というのも、ポッター家がヴォルデモートに狙われる原因を作ってしまったのは、皮肉にもシリウス本人だからである。
「ブラックが『秘密の守人』だった! ブラック自身があなたが来る前にそう言ったんだ。こいつは、自分が僕の両親を殺したと言ったんだ!」
ハリーはブラックを指差していた。ブラックはゆっくりと首を振った。落ち窪んだ目が急に潤んだように光った。
「ハリー……わたしが殺したも同然だ」ブラックの声がかすれた
『ハリーポッターとアズカバンの囚人』第19章:ヴォルデモート卿の召使い
ポッター家をヴォルデモートから守るため、ポッター家には「忠誠の術」が施されていた。
「忠誠の術」は「秘密の守人」と呼ばれる人物の中に情報を隠す強固な保護魔法である。
当初はシリウスが「秘密の守人」となりポッター家を守る予定だったが、直前になりシリウスの提案によってピーター・ペテュグリューが「秘密の守人」に選ばれた。というのも、シリウスとポッター家が親しいことは周知の事実であり、ヴォルデモートがシリウスを狙う可能性が想定された。そこでヴォルデモートの裏をかくため、ピーターを「秘密の守人」に決定したのだった。
しかし、ピーター・ペテュグリューはヴォルデモートの内通者。当然、ピーターはポッター家の情報をヴォルデモートに共有し、その結果ジェームズ・ポッターとリリー・ポッターは命を落とした。
シリウスはその責任を強く感じていた。「結果的に、自分がポッター家を殺すことに加担してしまった」と感じていたのだ。シリウスは自分の判断が間違っていたことに気が付いたときの気持ちを次のように語っている。
「最後の最後になって、ジェームズとリリーに、ピーターを守人にするように勧めたのはわたしだ。ピーターに代えるように勧めた……わたしが悪いのだ。たしかに……二人が死んだ夜、わたしはピーターのところに行く手はずになっていた。ピーターが無事かどうか、確かめにいくことにしていた。ところが、ピーターの隠れ家に行ってみると、もぬけの殻だ。しかも争った跡がない。どうもおかしい。わたしは不吉な予感がして、すぐ君のご両親のところへ向かった。そして、家が壊され、二人が死んでいるのを見た時――わたしは悟った。ピーターが何をしたのかを。わたしが何をしてしまったのかを」
『ハリーポッターとアズカバンの囚人』第19章:ヴォルデモート卿の召使い
理由④ピーターの巧妙な自演
ピーター・ペテュグリューはシリウスを犯人し仕立て上げるため、実に見事な芝居で状況証拠を作り上げた。その時の様子はマグルに目撃されており、次のように描かれている。
「ペティグリューは英雄として死んだ。目撃者の証言では――もちろんこのマグルたちの記憶はあとで消しておいたがね。――ペティグリューはブラックを追いつめた。泣きながら『リリーとジェームズが。シリウス! よくもそんなことを!』と言っていたそうだ。
『ハリーポッターとアズカバンの囚人』第10章:忍びの地図(コーネリウス・ファッジ魔法大臣のセリフ)
魔法省はこの証言をもとにシリウスを逮捕した。そしてシリウスの周囲は呪いでめちゃくちゃに破壊され、ピーター・ペテュグリューの指が一本、現場に残されていた。あたかも、シリウスがピーターを呪いでバラバラに吹き飛ばしたかのような状況が出来上がっていたのだ。
その時のシリウスは、ただショックで立ち尽くす以外にできなかった。
(中略)死体が累々。マグルたちは悲鳴をあげていた。そして、ブラックがそこに仁王立ちになり笑っていた。その前にペティグリューの残骸が……血だらけのローブとわずかの……わずかの肉片が――」
『ハリーポッターとアズカバンの囚人』第10章:忍びの地図(コーネリウス・ファッジ魔法大臣のセリフ)
しかし、実際はピーターが自身の周囲数メートルを呪いで破壊し、周囲にいた13人のマグルを殺害した。そして自分の死を偽装し、ネズミの姿になって逃亡したのだった。
惨状となった現場、マグルの死体、呆然と立ち尽くすシリウス・ブラック、ピーターの指、マグルの証言…。
無実を主張しないシリウスを犯人と判断する状況証拠は十分に揃っていた。
シリウスが投獄されていた理由:まとめ
- 裁判なしで闇の陣営を投獄する魔法省の方針
- 無実を主張しないシリウス
- シリウスはポッター家の死の責任を感じていた
- ピーターの巧妙な濡れ衣工作
以上のピースが揃ったことで、シリウス・ブラックは無実でありながら12年間もアズカバンに投獄されることになったと言える。
「獄中であとから無実を訴えればよかったのでは?」と思う方もいるだろう。
しかし、シリウスにとってポッター家は家族同然の大切な存在だった。それが自分のせいで死んだとなれば、彼にとって自分の無実を訴えることに何の意味があるだろう?もはやシリウスは、ポッター家が殺害された時点で、自分のことなどどうでもよくなっていたのだと考えられる。